こんなところに行か
研修機関例 |
あなたのご希望や適性・経験に合わせて方向を決め、iiPが一件ずつ世界の企業や団体と交渉していきます。
「この企業で働きたい」という具体的なホストカンパニーリクエストにもお応えしています。 |
研修機関 |
研修国 |
研修期間 |
ANA Hallo Tours (USA), Inc. |
USA |
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Arlington Convention and Visitors Service (Econ. Dev. Dept.) |
USA |
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Echuca Moama Tourism Inc |
オーストラリア |
1999/12-2000/12 |
JAL Passenger Services America, Inc |
USA |
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Aeroflot Russian Airlines |
USA |
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Austrian Airlines |
イギリス |
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Air France |
イギリス |
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高橋 努 さん (男性) |
2001年の11月に研修を始めました。当初はホテルで働こうと思ってましたが、いくつか見ていくうちにワイナリーの日本語ガイドをすることにしました。私が担当したのは、日本から来るお客様のためにワイナリーを案内する役目でした。しかし私は全くといっていいほどアルコール類が苦手で、研修以前に飲みもしないのに香りだけで酔っ払っていました。
日々ワインの勉強でした。幸いなことに先輩ガイドで日本語が話せる方がいて、身振り手振り片言のスペイン語で会話し、何とか人前で案内できるまでになりました。最初から最後まで話すと1時間半にも及びます。
その間一ヶ月、家に帰ってずーっと頭に覚えこませました。振り返ればその時期が一番辛かったでしょう。友達もできずただ家に引きこもりガイドの練習。しかも雨季にあたり気が滅入っていました。見かねたホストファミリーが、自分の友達を紹介してくれました。週末は朝までその友達とディスコで飲んで騒ぐようになりました。スペインでは、仕事だけしているだけではあまり良くはないようです。人生を楽しまない
と生きている意味がない。というほどスペイン人はいろいろなことを楽しんでいました。これが今回の研修で得た私の最大の収穫ではなかったでしょうか。
そうこうするうちにガイドにも慣れてきて生活にもゆとりができてきました。中古スクーターを購入しいろいろな所に行きました。季節も冬から春へと変わり、私がスペインに来る前に抱いていたイメージ通りの風景が広がっていきました。そして春から夏へと、時は過ぎていきました。気が付けばもう九ヶ月、私は日本に帰らなければなりませんでした。しかしここでの生活に魅了されていたので、引き続き働きたいと申し出たら、ワイナリーのほうも快く了承してくれ、VISAのサポートもしてくれると言ってくれました。
私はこんな素晴らしい所で住めるかと思うと天にも昇る気持ちでした。早速書類を集め申請し、帰国しVISAがおりるのを待ちました。しかし残念ながら、私の過去の職業経験の無さにより却下されました。その後も2度スペインに行き再申請しましたが、毎年変わる法律や遅々とかかる手続き、そしてワイナリー側から日本人観光客の減少による日本人ガイドの有用性の疑問視により、未だVISA取得には至っておりません。
でも、私は諦めていません。次回はワインを注ぐヴェネンシアドールという職業でVISAの取得を目指そうと思ってます。私も今年で40歳になります。あまり時間がないので次回が最後だという覚悟で臨みたいとおもってます。今秋にはスペインに行く予定です。日々ヴェネンシアの練習に明け暮れてます。
でも本音を言うと、職業は何でもいいんです。スペインで長く生活することができれば。先程ホストファミリーから紹介してもらった友達はその後一番の友達になり、後に知り合った私の日本人の友人と結婚しました。いつもその2人は私のVISA取得を応援してくれ、何度却下されても元気づけてくれます。その2人のためにも彼らの家族のためにも、またワイナリーの仲間のためにも、私を暖かく迎え入れてくれたJEREZの人々のためにもVISAを諦めてはいけないと思ってます。 |
参加時の年齢:33歳 |
研修期間:9ヶ月 |
研修国:SPAIN |
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